ポーチュータと枕の国

                            作:うえき あやこ








僕は寝るのが大嫌い。

お母さんが本を読んでくれても、とんとんしながら歌を歌ってくれても、僕はぜーったいに寝ない!

だってロボットで遊んだりテレビを見たり、楽しいことがたくさんあるのに、夜になったら寝なくちゃいけないなんて、全然意味がわからない。


そんな僕がまた無理やり寝かされそうになっていたある日の夜、
お母さんが「あっ、いっけない!」って、慌てて部屋から出ていった。
多分台所の水か火がそのままなんだ。お母さんはよく忘れる。
「やったねっ」僕はすぐに飛び起きようとした。

その時だ、枕元から声がしたんだ。

そして目の前の変な動物に気が付いた。

そいつは本当に変なんだ。
だってハムスターみたいな体をしているのに
細長い手足があって2本足で立っている。
お腹にはカラフルなブチがあるのに背中は真っ白。
手には長い筆を持っている。

目を丸くしている僕にそれは早口で言った。
 
「僕はポーチュータ!
君を枕の国、マクラーダに連れていくよ!
早く早く!準備をするんだ!
大人に見られたら僕消えちゃうよ!」

それに合わせて台所からお母さんの声
「すぐ行くから、起きちゃダメよー!」

まずい!見つかっちゃう!

「僕どうしたらいいの?」

慌てる僕のおでこにポーチュータのおでこがピタっとくっついた

「目を閉じて、力を抜いて、さあ沈め~!」

次の瞬間、ブクブクブク…
僕とポーチュータは枕の中に沈んでいった。


     ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


しばらくするとフワフワしていた足がストンと地面を感じた。

「もういいよ」
というポーチュータの声に目を開けると、
そこは真っ白な世界だった。
あんまり真っ白で天井も壁もわからない。
怖くなって思わずポーチュータをつかんだら…

びっくり!
ポーチュータが大人くらいに大きいんだ。

「さっきはハムスターくらいに小さかったのに」
僕が驚いて見上げるとポーチュータはニヤニヤして
「もっとビックリするよ!何がしたいか言ってごらん!」

僕はすぐに「遊園地に行きたい!」と答えた。
遊園地はお金が高いからって、
なかなか連れていってもらえないから。

するとポーチュータはお腹のカラフルなブチを
筆でスルンと一撫でして、そおれっとジャンプ。
長い筆を空中でクルクル振り回した。

その瞬間、さっきまで何もなかった世界に
大きな色とりどりの遊園地が現れた!

たいこや笛の音、ジェットコースターからは悲鳴が聞こえてくる。

すごいや!僕は駆け出した。ポーチュータもついてくる。

こんにちは、と受付のお姉さんが笑って、
お金を払っていないのに中に入れてくれた。
ピエロのお兄さんが風船をくれた。
ポーチュータもいつの間にかアイスクリームを二つ手にしていた。

僕は食べても食べてもなくならない不思議なアイスクリームを食べながら、遊園地の乗り物全部に乗って、大好きなゴーカートは何周も何周も運転した。いつもは「別料金だからダメ」ってやらせてもらえない輪投げにも何度もトライして、僕の腕の中は景品で一杯だった。

「あー楽しかった!
でも僕ぜんぜん疲れてないよ?まだまだ遊びたいなぁ」

そう言って遊園地を見回す僕に、
ポーチュータは「そうそう、そうか」と満足そうに頷いた。

「でもマクラーダには夜しか入れないんだ。
朝になったら帰らないとね。」

「どうやって帰るの?」

「枕道を帰るんだ。
枕道は暗い迷路になっているから、ライトがないといけないね。」

そう言うとポーチュータは僕の手の平に
筆でくるっとオレンジ色の丸を描いた。
するとその丸がポワッと浮き上がって光りだした。
ぼくが手の平を動かすと、その上をついてくる。かっこいい!

「いいかい?この光は正しい方へ向かっている時はオレンジ色、
間違った方向へ向かっている時にはミドリ色に光るんだ。
ちゃんとこの光を見ながら、正しい方向に帰るんだよ。」

「えっポーチュータも一緒に帰ってくれるんじゃないの?」
僕は急に不安になった。

「だって僕が一緒に帰ったら、大人に見つかってしまうかもしれないだろ?君のお母さんがちょうど部屋にいるかもしれない。そうしたら僕は消えてしまうもの。」

うーん。そうか。怖いけどしかたない。
この光が案内してくれるからきっと大丈夫だ。
僕は自分をそう励まして光を見つめた。

「お、枕道が開いてきた」とポーチュータが空を見上げた。

え?上?と首を上げた瞬間、
空にポカっと灰色の穴が開いて、
ビューっと僕は吸い上げられてしまった!!

「うわうわ、あわあわ、わわわわわ~っっ」

空高く吸い込まれていく僕に向かって
ポーチュータがのんびりと叫んできた
「気をつけてね~。また会お~う」


     ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


空にあいた穴に到着すると、そこがトンネルの入り口だとわかった。
手の平の丸い光がより強く光って行く手を照らしている。
枕道だからかな。ガサガサッ ゴソリッ とふいに音がする。

「えーと、こっちかな」
右と左の二手に分かれている道。まずは右に向かってみる。
するとすぐに手の平の光がミドリ色に光った。
ありゃ。最初から間違ってしまった。

「あっちに進んだらどこに行くんだろう?」
ちょっと行ってみたい気もしたけれど、
ポーチュータは「絶対にダメ」って言っていたし、
もしかしたらオバケの国に通じているのかもしれない。
そう考えたらヒヤリと怖くなった。

あわてて元の場所に戻って今度は左に進んだ。
手の平の光がオレンジ色に輝いて僕はホッとした。
ミドリ色に冒険するのは今度にしよう・・・

そうして何度か曲がりくねるうちに、
出口らしき明かりが遠くに見えてきた。
もう少しだ!僕は早足になった。

と、突然手の平の光が弱くなった。
わぁっ消えちゃう!!
ふと振り返ると来た道は真っ暗。
光が消えたら帰れない!

僕は猛スピードで走った。
光はどんどん小さくなって足元が見えなくなってくる。
出口はもうすぐなんだ。急げ急げ急げ~っっっ


     ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「はっ」
と目が覚めたのと、
お母さんが部屋のカーテンを開ける「シャッ」という音が同時だった。

「お母さん、おはよう」
心臓のドキンドキンをこっそり隠しながら声をかけた。
ポーチュータはついて来なくて正解だったな、と思った。

手の平の光はすっかり消えていた。
最後に光が弱くなったのは、
多分お母さんが部屋に入ってきたからだろう。
僕の手がピカピカ光っているのが見つかったら、
きっと色々がバレてしまう。

でも「お母さん、もう部屋に入らないで」って言うのは
なんだか怪しまれそう・・・

僕はちょっと考えた。
よし。こう言おう。
 
「お母さん、僕、明日から自分でカーテン開けるから、
部屋に来なくていいよ」

どうしたの急に、とお母さんが笑う。

「あのね。今日から僕、1人でちゃんと寝るから。
夜もお母さん、部屋に来なくていいからね」

お母さんが今度はびっくりした顔で僕を覗き込んできた。
「どうしたの?不思議!」


本当は、もっと不思議なことがあったんだよ。お母さん!


でも・・・それは内緒。



<おしまい>