私が自転車カゴに置き忘れた財布を
(しかもプレゼントされたばかりの高いやつを)
一瞬の後に持っていかれた、その心痛から書きました。
さて、どんなラストになるでしょう?
作:うえき あやこ 絵:息子くん
あるところに、若い泥棒がいました。
泥棒といっても、家に忍び込んだりはしません。
買物途中のお母さんがふと置いたバッグを、
女の子が日向ぼっこさせていたお人形を、
お兄ちゃんが自転車のカゴに置き忘れたサッカーボールを、
ひょいひょいっと持って行ってしまうのです。
だから泥棒は自分を泥棒だとは思っていません。
「泥棒っていうのは人の家からお金をたくさん持ち出す悪いヤツだ。
俺は落ちているものや忘れ物を拾っているだけだから泥棒じゃない。
拾った俺はラッキーなだけなのさ」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
そんな泥棒にも、欲しいものがありました。恋人です。
「かわいくて優しい女の子が、そばにいてくれたらいいのになぁ。」
そんな気持ちが通じたのか、いつの頃からか、どろぼうの傍らに、
フワフワと花びらみたいに優しげな女の子が
ついて歩くようになりました。
まだ小さくて、
泥棒が願っていたような大人の恋人ではなかったけれど、
彼女の微笑みは、泥棒をうっとりとさせて、
それだけで泥棒には十分でした。
その子は何も言わないけれど、
泥棒はなんとなく、
今までのように落とし物を持ち帰ることが恥ずかしくなりました。
なぜか、彼女にはそういう自分を見られなくないと思いました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ある日、泥棒は女の子に贈り物をしたいと思いました。
でも、最近は人のものを盗っていないので、
店で買うにもお金がありません。
家にあるもので何かを作ろうと思いましたが、
あるものみんな、人から盗ったもので、
それをプレゼントの材料にするのはどうも気分が良くありません。
泥棒はふと、自分の巻いていたマフラーに気づきました。
そのマフラーは子供のころ、クリスマスプレゼントにもらったもので、
とても気に入っていました。
何年も洗わず汚れていたけれど、
何回も洗ううちに元のキラキラとした色が戻ってきました。
泥棒はそれを丁寧に乾かすと、
今度はマフラーを端からといて、
その糸で小さな指輪を編みました。
なんどもやり直して最後にできた、とても綺麗な指輪です。
だから大切だったマフラーは、もうほとんど残っていません。
でも、どろぼうの心は充実感に満たされていました。
こんなに何かに一生懸命になったのは初めてだと思いました。
女の子に指輪を渡すことを考えると、それだけで幸せな気持ちになりました。
翌日、夕焼けの時間、どろぼうは女の子に作った指輪をあげました。
嬉しそうに微笑む女の子の顔を見て、
泥棒の心も夕日の色に染まるようでした。
女の子は、自分の首から星のネックレスを外すと、
マフラーのなくなったどろぼうの寒そうな首に、
そっと、かけてあげました。
そして、指輪で飾った手を振ると、走って帰っていきました。
女の子はそれきり、どろぼうの前に現れませんでした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
どろぼうは寂しくて何日も泣きました。
そしてまた、人のものを盗るようになりました。
星のネックレスだけが、どろぼうの胸でキラキラと輝いていました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
女の子と再び会える夢でした。
目覚めて、また悲しくなったどろぼうは、
星のネックレスに触れようとしました。
そしてさぁっと青くなりました。
星のネックレスがないのです。
落ちているかも、と寝ていた周りを探しましたが見つかりません。
さっきまでは確かにあったのに。
泥棒は祈る気持ちで来た道を探しました。でもどこにもないのです。
きっと誰かが、拾って帰ってしまったんだ。
あんなにキラキラした綺麗なもの、
なんで大事に家に置いておかなかったのだろう。
たった一つの、女の子の思い出だったのに。
泥棒は後悔しました。
そして強く願いました。
他のものなら何でもあげるから、
星のネックレスだけは返して欲しいと。
でも、そんな思いも、届くはずがありません。
ネックレスはもう、戻ってはこないのです。
泥棒は初めて気づきました。
物を盗ると言うことは、
その人から思い出も一緒に奪ってしまうことなのだと。
とぼとぼと、どろぼうは家に帰りました。
そして蒲団にくるまり丸くなりました。
真っ暗の中で、小さく小さく、まるまりました。
<おしまい>